場を、建物を改めて解釈し、
豊かな時間が流れる空間へ
多田正治
Profile
坂本昭・設計工房CASAを経て、京都にて一級建築士事務所・多田正治アトリエを設立。
京都で町家のリノベーション作品を多数手がけつつ、熊野にて地域に根ざした建築プロジェクトを10年近くにわたって学生と共に手がけている。
受賞、メディア掲載など多数。2023年、大阪大学大学院にて博士課程修了、博士(工学)。
眠っていた空間に新たな価値を吹き込む
建物や場所に、元の目的を超えた新しい使い方を見つける――そんな“建築空間”をつくりたい。私は設計と教育の現場を行き来しながら「建築とは何か」「人の営みを豊かにする空間とは?」を探究しています。これまで、学生たちと共に実践的なプロジェクトを数多く手がけてきました。
たとえば、大学の地下にある中庭で行った「チカフェプロジェクト」では、普段使われていない空間を活用してカフェイベントを定期的に開催。中庭の存在について再解釈し、学生たちとアイデアを出し合って交流が生まれる場を創出しています。夏には流しそうめんをメインイベントに、竹を調達し、割るところから皆で用意しました。

地域の一員としての楽しさを、子どもたちに
また伊丹市稲野町の商店街から「何か活性化につながるイベントを」と相談があったプロジェクトでは、地域で子どもが増えている点に着目し“子ども商店街”を準備中。
子どもたちに店主を経験してもらおうという企画で、たとえばお絵かきが得意な子は似顔絵ショップを、クイズが好きな子はゲームショップを……という風に、商店街の一員として参加してもらいます。そして子どもたちの参加によって、地域全体に活気を届けることが目標。
今は、子どもたちが自由に並べて即席の商店街を作れるよう、学生たちと変幻自在の「花」の形をしたテーブルをデザインしているところ。アイデアを形にするプロセスは、いつもワクワクします。

対話から生まれる研究・実践の原動力
地域の声を聞き取り、対話を重ねながら思いをカタチにする。そのプロセスにこそ大きなやりがいを感じます。私のライフワークは、紀伊半島・熊野地域での地域づくり。約10年間にわたって地域の方々と語り合い、建築の力を通じて公園づくりや祭りの企画・運営、情報誌の発行など展開してきました。
「畑を公園のように使いたい」という声に応えた「おいしいパークプロジェクト」では、立体的なベンチを設計し、新たな体験やコミュニティ空間を創設。新たなコミュニティが生まれるシーンに立ち会える喜び、地域の人と「やったね!」と笑い合える瞬間が、次への原動力です。

都市でも地方でも。若者へ暮らしの選択肢を
都市でも地方でも、若者が活躍できる社会を実現すること。それが、私が空間づくりの実践を通して見据える未来です。現在、多くの人が都市に集中していますが、地方にはまだ開かれていない可能性や、その土地ならではの歴史・文化、新たな挑戦ができる“余白”が存在しています。私自身、西宮・京都・熊野の三拠点を行き来する暮らしを続ける中で、地域との関わりが視野を広げ、生活に豊かさをもたらすことを実感してきました。複数の地域に関わることは、自分の居場所が増える感覚にもつながり、きっと若者の新たな生き方の選択肢になる。都市に固執することなく、多くの地域で可能性を追求することが、豊かな社会の実現につながるはず。
そして私ができることは、若者の「やってみよう!」というチャレンジ精神を引き出すため、建築を通して人の可能性を引き出す場所を増やしていくことだと考えています。