衣食住の“衣” にまつわる
環境に配慮した染色を探究
安川涼子
Profile
株式会社ウィズテックを経て、自然科学研究機構 生理学研究所 博士研究員、奈良女子大学 研究院 生活環境科学系 助教、京都ノートルダム女子大学 現代人間学部 講師・准教授から現職。「布帛の評価方法」特許取得。
繊維製品品質管理士所持。1級・2級衣料管理士、繊維製品品質管理士に関する資格科目を主に担当している。
健康で快適かつ持続可能な衣生活を目指して染色加工、機能加工、繊維材料などの観点から研究を進めている。
少ない染色剤で染める
インクジェット染色への関心
学生時代、繊維や染色加工を学び、染色の工程で使用される水や薬剤が環境に及ぼす影響の大きさを感じ、「環境負荷を低減できる、繊維染色加工のあり方」への興味が、現在に続く研究の原動力となっています。染色には浸して染める“”と、色糊でピンポイントに染める“”、大きく2つの技法があります。染色技法について研究を進める中で、環境の観点から関心を持ったのが、少ない染色液で染めることができるインクジェット染色です。フルカラーで細かなデザインも可能、さらに綿などの天然素材だけでなく、ポリエステルなどの化繊も染められます。皆さんは、クラスや部活動でおそろいのTシャツを作ったことはありませんか? これらは布地専用のインクジェットプリンタで染められていることがほとんで、身近に使われている染色技法です。

天然由来物質が
環境負荷の低減のカギに
環境に配慮した染色加工の理想は「できるだけ薬剤を使用しない染色」ですが、実際は繊維に染料を固着させるために、化学薬剤を加える必要があります。いかにこれらを含む染色剤を減らしていくか。研究では、インクジェット染色で染料が繊維に染まる仕組み(捺染の染着機構の解明、カテキンなどを用いたインクジェット染色などに取り組んでいます。カテキンはお茶に含まれる天然由来の物質です。天然物をインクジェットプリンタに使用するとプリンタヘッドに詰まる可能性があるため、先にカテキンを“下付け”してインクジェット染色する逆転の発想で、実験を重ねています。

「ひらめき」に欠かせない
コミュニケーションの重要性
被服整理学では、色を“付与する”染色と、付着物を“除去する”洗浄は同じ分野と考えます。そこで洗濯時の“水”にも着目。水が少ない地域でも洗濯しやすくなることを目指し、大気圧プラズマ処理を活用して繊維表面に汚れを付かなくする研究も進行中です。カテキンなどの天然染料をインクジェット染色に用いた研究同様、それぞれを専門分野とする研究者たちと共同で研究を進めています。研究における「ひらめき」は、学会でのコミュニケーションからヒントを得ることも多く、違う視点からのアドバイスで悩んでいたことが解決することもあります。一人でしっかり思考する部分とバランスを取る大切さを日々実感しています。

健康は清潔な衣類から。
研究が衣生活の社会貢献に
2015年、持続可能な17の開発目標であるSDGsが国連で採択され、長い年月が経ちました。地球温暖化や社会情勢の変化に伴い、環境への配慮について改めて方向性を考える時代になっていると感じます。「環境によくないから」とあえて無着色や天然染料で染めた服を選ぶ人もいるかもしれません。しかし、ファッションの観点から考えた場合、それだけではあまりに個性がない。衣類はデザインや素材に加え、色彩も重要です。私が描くのは、環境負荷の少ない繊維染色加工の技術を発展させ、個人の多様な価値観に寄り添いながら持続可能な衣生活が実現する未来。繊維分野の研究者が持つ知恵を結集した共同研究を一助として、ウェルビーイングな衣生活を創造してきたいと思っています。