人々のポジティブを引き出す
「空間の質」を究めていく
北原摩留
Profile
シーラカンスアンドアソシエイツ、日建スペースデザイン、K.I.D.アソシエイツ、インフォーマルにおける建築設計およびインテリアデザインの実務を経て現職。一級建築士。
近年の主なプロジェクトには、千疋屋総本店 東京駅銘品館店(2017年)、ネッツトヨタ名古屋 港・名四店(2018年)、chinois蓮歩(2021年)などがある。
空間の質は人の行動を変える
技術や素材が著しく進化する現代、建築やインテリアの表層的な見た目は次々と変わっていくかもしれません。けれど時代を経ても残り続ける大切な要素があります。それが「空間の質」。空間は、ただおしゃれであればよいわけではなく、そこで過ごす人の行動や気持ちを左右する力を持っています。
私が研究するのは人と空間の関係性。たとえば正方形のテーブルでは、向かい合って座るか角を挟んで斜めに座るかで、会話のしやすさや心の距離感は変わってくる。そして照明の角度や素材の選び方、家具の配置など、選択の重なりがユーザーの空間体験を大きく左右するのです。
いかに良好なアクティビティを誘発できる空間を創出するか。私は研究を通し、空間デザインの本質を追究し続けています。

創造力を駆使して、クライアントの視線の先へ
現在は商業施設の設計手がけつつ、実践で得た気付きを理論として社会に還元すべく活動しています。最近では中国料理店や自動車ショールームの設計に取り組みました。
中国料理店は若いシェフが独立して開いた小さな店舗で、高級感を出しつつも予算を抑える工夫が必要に。素材や色、照明を工夫し落ち着きのある空間を実現しました。また車のショールームでは、壁に3種類のタイルを使い分けて配置。先進性がありながらも無機質にならない演出を計算しました。
大切なのは、クライアントの要望だけでなくその空間を使う人の体験も重視すること。レストランやショップなど町中にある施設だと、完成した空間を使うのは不特定多数のユーザーです。そのため、叶えるべきはクライアントの理想だけではありません。設計のプロとして、クライアントのニーズが将来訪れるユーザーを本当に快適にするか、もしそうでないならどのような提案でクライアントの理想を叶えるべきかを判断し、提案しなくてはなりません。
クライアントとは、打ち合わせ段階から完成時の空気感まで共有できるように丁寧に対話を重ねます。その先にいるユーザーへ、心地よい空間を提案するために。

良い空間は人を前向きにする
良いデザインとは、視覚的な印象を与えるのみならず、使う人の生活の質を高めるものである――。空間デザインは、デザイナーによる自己表現の場ではありません。誰かの行動や気持ちをそっと後押しできるような「ちょっとした仕掛け」を常に意識しています。
そこで過ごすことで、前向きな関係が生まれたり、自然と会話が生まれたり。そんなポジティブな体験が増える空間づくりをこれからも目指します。