授業で裁縫が消えた影響!?
手芸の世代差に迫る
山本泉
Profile
「好きなことに携わりながら生きていきたい」と一念発起し、幼い頃から慣れ親しんだ服飾を扱う道へ。
武庫川女子大学生活環境学部生活環境学科の助手として入職後、並行して奈良女子大学の大学院で博士号を取得。以来、研究と教育に取り組み現職。
あなたの「夢中」はどんなことですか?
あなたには「これがあると人生が豊かになる」と思えるような、好きなことはありますか? たとえば手芸、スポーツ観戦、アイドルの応援など、仕事や収入には直接関係しなくても夢中になれること。人生100年時代、そんな活動があれば日々がもっと楽しくなり、人とのつながりも自然に生まれます。私はそれを「生涯活動」と呼び、特に“手作り”に注目して、世代ごとの意識の違いを研究しています。
きっかけは2011年の東日本大震災の後。被災地の子どもたちへ手作りのスクールバッグを届けようという呼びかけが広まり、全国から約6万枚ものバッグが集まりました。SNSやブログを通じて広がったこの活動には、普段は趣味で手芸を楽しんでいる多くの人たちが参加。私自身も数十枚のバッグを作って送り、手作りというそれぞれの“好きなこと”が人の心を動かし、社会に貢献する様子に感動しました。
さらにキルト展や手作り市などでいきいきと活動する高齢の方々の姿を見て、世代によって手作りに対する姿勢が違うことに気付きました。これが今の研究の出発点です。

家庭科から縫い物が消え、ハンドメイドに世代差が
研究では、これまでに数十名の手作り愛好家の方々にインタビューを行い、家庭科の教科書も年代別に収集して比較してきました。その中で見えてきたのは、50代以上と40代以下の世代で手作りへの意識に大きな違いがあるということです。
50代以上の世代は、学校の家庭科で裁縫をしっかり学び「服だって何だって自分で作れる」という実感を持っています。服を縫う、ボタンを付け直すといったことは当たり前のこととして捉えていて、その他のハンドメイドにも前向きな姿勢の方が多い傾向にあります。
一方で40代以下の世代は、そもそも裁縫の授業を受けていなかったり、用意されたキットを完成させた経験があるのみだったりで、「縫い物はプロがやること」「お店で買った方が早くて安い」と考えがち。アクセサリー作りなど特定の分野には関心を持っているものの“趣味で服を作る”という発想は少ないようです。
この差の背景には、時代の変化にともなう家庭科教育のカリキュラムの変化が大きく関係しており、教育が意識に与える影響の大きさを実感しています。

「好き」が支える未来を教育で後押ししたい
この研究を通して私が目指しているのは、好きなこと=生涯活動を持ち、それを大切にできる教育のあり方を考えることです。
人が夢中になれるものは一人ひとり違います。ですが「好き」という気持ちには、自分自身を支え、人生を豊かにしてくれる力があります。たとえただの趣味に見えても、その背景にはその人ならではの経験や、生きがいとの出会いがあるのです。
現在の学校教育は「生活に役立つ知識」だけではなく、「豊かな人生を送る力」を育む方向へと少しずつ変わりつつあります。私は、こうした流れの中で、生涯活動が果たす役割や可能性をもっと深く考え、教育に活かしていきたい。
今後は研究成果を学術論文として発表し、学校教育の現場に還元していく予定です。「好きなことを続ける力」が、これからの社会や人生を支えて行く⎯⎯この考え方が、未来の教育を少しでも豊かにするヒントになることを願っています。