そのモノが有するデザインには、どんな力があるだろうか?
井上雅人
Profile
専門はデザイン史、ファッション史、物質生活史。社会学の視点からデザインを読み解く。
著書に「洋服と日本人ーー国民服というモード」(廣済堂出版、2001年)、「洋裁文化と日本のファッション」(青弓社、2017年)、「ファッションの哲学」(ミネルヴァ書房、2019年)など。
モノと人との関係から日本の近代を見つめる
もともと歴史に興味があり、大学では文学部で学びました。学んでいく中で特に心を引かれたのが、日本の近代史。特に「デザイン」の考え方です。そして今、日本の物質生活――人々が何を食べ、どんな道具を使い、どのように暮らしてきたのか――をデザインの視点から研究しています。
私の研究の中心となるのは、暮らしに欠かせない日用品や家具、家電、衣服といった身近なモノと人との関係です。これらのモノの存在が、私たちの生活にどう影響を与えてきたのか。このテーマを軸に、執筆や評論を通じてその魅力を広く伝えています。

デザインの面白さは、かたちだけで語れない
デザインというと見た目のかっこよさや美しさを注目しがちですが、私が注目するのは、モノがどのように生まれ、どう使われてきたかという点です。
たとえば、大学やオフィスでよく見かけるスチール製の事務椅子。名作と呼ばれるようなデザインではありませんが、実は多くの人の役に立っている点で非常に優れたプロダクトです。しかし、公共空間ではよく見かける一方で個人宅にあることは珍しい……。「誰が・どこで・どう使う」と想定され作られたのか? 社会でどのような存在か? こうした問いから見えてくるのがデザインの奥深さです。
あるいは、視力を補うメガネ。かつて単なる道具だった頃には、かけることで「自分は視力が悪い」と弱点をさらす側面がありました。しかし今ではファッションの一部になっているように、モノは社会の変化とともにその意味を変えるのです。
社会の変化やニーズによってモノのかたちは変わるし、モノの在り方で社会が変わることもある。美的な評価軸ではなく「デザインを有するモノの力」を見る点に面白さを感じます。

誰にでも開かれている“社会を動かすデザインの力”
デザインは特別な人のものではありません。今はさまざまな学び方があり、美大に行かずとも誰もが関わることができる分野です。私は文学や社会、経済、工学などに興味を持つ学生にも、ぜひデザインの視点を持ってほしい。そんな思いでゼミを運営しています。
ゼミの学生たちは自由に、自分の興味を追い求めています。ある学生は50人ほどに取材し、手にまつわる思い出を聞いて写真集を作りました。またオムライスに関する研究を行った学生は、オムライス発祥の店や最近人気のチェーン店を取材し「女子の食べ物」というイメージがどう形成されてきたのかを調査しました。モノを作る学生から建築を設計する学生まで、それぞれが独自のテーマを選び、研究を深めています。
モノは社会を動かし、社会がモノの形を変える。モノと社会のつながりを意識することで、より良い未来を作るための第一歩が見えてきます。私の研究の根底にあるのは、この相互のつながり。
これからも、デザインが社会に与える影響を探り、教育を通じてその力を広めていく。それが私の人生をかけたミッションです